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瞳 : eye
■ prologue
「つまり……俺に死んで来いって言ってんだな?」
不機嫌そのもの、といった口調と顔で、少年が言い放つ。年齢は10歳前後だろうか。Tシャツにジャンバー、膝下までのズボンという服装が、まだ幼さの残る顔立ちを一層引き立てている。茶色い髪の毛は何箇所かツンツンと立っているが、特別セットしたわけでは無いようだ。
老人はピクリ、と眉を動かした後、答える。
「対象は安定している。同様の任務の他のケースから比べれば、はるかに安ぜ――」
「あーあー、お宅らは安全だろうよ。こっちはそんな相対的な安全保証されても、ちょっとの危険で死ぬんだっつの」
と、一息ついて
「行ってくりゃいいんだろ。行くさ」
老人たちがおおいに困ったのに満足したのかもしれない。少年は踵を返し部屋を後にする。
「む……」
少年の隣にいた大柄な男――縦にも横にも大きい――が、老人たちにゆっくりと頭を下げて少年の後を追う。その足取りはどっしりとしていて、彼の体重をむしろ想像できないものにしている。
老人たちしかいなくなった部屋には、苦々しい空気が立ち込めていた。
「彼の言うとおりだ。危険を若い者たちに押し付けるのは心苦しい限りだな」
「しかし、我らはもはやここから動くことも適わぬ」
「わしらに出来ることなどそう多くはないのぉ」
――無事を祈ること。
誰かを危険な任務に送り出すたびに、自分たちより遥かに短い人生を終えた若者たちのことを思い出す。
「生きて帰ってきてくれ……」
漏れ出た言葉は、3人の最大の願いに他ならなかった。