水音 - MIZU-OTO -

Novels

瞳 : eye

■ encounter

 

 夜。

 まだ明かりの灯る店も多いが――

「すごい霧だな」

「む……」

 10m先が見えないほどの濃霧。

「こんなんじゃ探せないんじゃな――」

 ドッ!

 強烈なプレッシャーが心臓をわしづかみにする。

「っ!!?」

「……むっ!」

「な……なんだっ!?」

 誰にとも無く聞いた。だが少年はわかっていた。

 ――『恐怖』。

(ま……まさか……、こんな……)

 対峙している訳ではない。姿も見えないし、このプレッシャーも自分たちに向けて放たれたものでさえない。――だが、

「こ……こんなん、捕まえられるかよ……」

 既に気配は消えていたが、少年の全身からは汗が噴き出していた。それは大柄な男にしても同じこと。

「む……」

「行くしか……ないか」

 プレッシャーの放たれた方へと足を――ゆっくりと、慎重に――向ける。

「……てくださいっ!」

 男に絡まれているのだろうか、女性が叫んでいる。普段ならば助ければ良いが、今はそうはいかなかった。

(先手を取られるわけにはいかない。ばれないように近づき、一瞬でやる)

「いいから来いって言ってんだろっ!」

 絡んでいる男が声を荒げている。

(どこだ……? どこに行った?)

 先ほどのプレッシャーが放たれたのはこのあたりからの筈だ。

「む……」

「オキ……?」

 立ち止まっているオキの視線を追う。

(……絡まれてる女?)

 男二人に壁際まで追い詰められている。

「オキ、今はまずい。気付かれないように――」

 オキは既に動き始めている。こうなったら静かに済ませるとか、そういう考えには至らないだろう。

(仕方ない……)

「オキ、俺がやる」

 言って静かに神経を集中する。ゆっくりと星の血脈(ソウルトレント)の流れが見え始める。右手の薬指をそっと流れに逆らうように動かすと、わずかな重さと共に流れが指先に引っ掛かる。

(――速くっ!)

 目的を明確に、強く念じ右腕を振って足を風が包むようにイメージする。

 ス……

 一瞬で男たちの真後ろに移動し首筋に手刀を打ち付ける。そのまま気絶した二人の襟を掴み、一瞬で10m程離れた路地に跳び、置く。

 オキを確認すると、さっきの位置からこちらを見ている。

(まずは一安心か。……だが)

 今ので『恐怖』に気付かれたかも知れない。そう考えると自然と心拍が上がるのを感じていた。

「大丈夫?」

 とりあえず少年は、絡まれていた少女に近づき声をかける。

「あ……あ……あの、……あ、ありが……とう……ございます」

 少女は消え入りそうな声でそう言いながら顔を上げる。

 濃い霧でほとんど見えなかった少女の姿がゆっくりと見え始めた。

 後ろで結わえた薄い青色の髪。体のラインの目立たない、ゆったりとした服。そして――

「右目を覆う……包帯」

 

 

 『15歳前後の女』。探すときに唯一ヒントとして与えられた言葉を少年はゆっくりと思い出していた。

 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! 

 再び全身から汗が噴き出す。

 少年の様子がおかしいのに気付いたオキが警戒しながら近づいてくる。

「あ……、あ……あの?」

 少女は心配そうな――怪訝そうな――声で少年の様子を気遣う。

 

 少年は考えていた。

 どうやってこの状況を打開するかを。

 だが、その手段は浮かばない。

 少年の考えでは、先手を取ることは必須条件だった。懐にしまってある封印具――軍と鼓動が共同開発したもの――を確認しながら、だが一度間合いを離すことばかりを考えていた。

 

「あの……もしかして、私を……?」

「っ!?」

 その少女の言葉に驚き少年は後ろに跳び退る。そのまま星の血脈(ソウルトレント)への干渉を始める。右手の薬指に重さが溜まっていく。

(――遅い。もっと速く集まれ)

 実際のところ、通常の戦闘で使うには十分な量が既に集まっていたが、少年にはそれが全く足りていないことがよくわかっていた。

「む……」

 ドンッ!

 オキが足を踏み鳴らす。と同時に、少女と少年の間に分厚い土の壁が生まれる。

(よし、いける!)

 少年はオキの稼いでくれた時間と塞いでくれた視界を最大限有効に利用するべく、一瞬で少女の後ろに回る。

 少年のイメージした風の刃が少年の手刀と共に少女の首筋へと向かう。

 ブンッ……

 一瞬、手元が歪んだと思った次の瞬間――

「……ぁっ!」

 少年はオキの出した壁にたたきつけられていた。

「あ……」

 少女が右目に右手を当てながら膝をつく。その手のひらの間から赤黒い血が滴り落ちた。

「む……」

 ドンッ!

 オキは更に足を踏み鳴らして少年と少女の間にもう一枚土壁を生み出す。そのまま急いで少年のもとへと向かい少年のダメージを回復するべく星の血脈(ソウルトレント)への干渉を始める。

「……ん……」

 一瞬気を失っていた少年が周りを確認する。

(失敗……か)

 自分を介抱しているオキに軽く手を上げ、無事をアピールする。

 再び星の血脈(ソウルトレント)へ干渉し、足に風を纏わりつかせる――スピードを速める、少年の最も気に入っている魔術の1つだ。

「……あ……」

 土壁から姿を現した少年を、顔を抑えたままの少女が左目で確認する。

「あ……あの、もし出来るなら……」

 少女の言葉に少年は動きを止める――動けなかった。

「も、もし出来るなら……」

 そこで少女は一瞬間を置いて、

「――殺してください」

 

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