水音 - MIZU-OTO -

Novels

瞳 : eye

■ confrontation

 

「な……なんで」

 少年は、少女の悲痛な叫び――静かな叫び――を耳にし、声を漏らしていた。

 『なぜ殺して欲しいのか』などという意味ではない。少年には痛いほど少女の気持ちがよくわかっていた。

 涙の溢れてくるのを感じていた。

 ――好きでキャリアになったわけではないのだから。

 

 少年は一気に冷静さを取り戻していた。

 腕で不自然にならないように――少女に気付かれないように――目元をぬぐい、少女に向き直る。

「俺たちはあんたを殺しに来たわけじゃない。『恐怖』への対抗策を探している。一緒に来て欲しい」

 しかし、少女は首を振ってそれに答える。

「確かに、あんたにとってつらい実験もあるかもしれないが、逆に『恐怖』を抑え込むことに成功するかもしれない」

「無理です。わかってるんです」

 少女は今までで一番はっきりと声を出す。

「わかってねぇよっ!」

 少年は大きな声を出していた。

 ――しまった、と思ったがもう遅い。同時に少年は自分の中から溢れてくる感情を抑える術を忘れていた。

「あんたを殺しに来た連中が死ぬのは当たり前なんだよ! あんたの本意かどうかは別として。あんたを殺しに来てるんだから、逆にあんたに殺される覚悟があるべきだっ! だけど……っ! だけど……っ!」

 少年は、声を詰まらせ、聞こえるか聞こえないかわからない程度の声で続ける。

「……あんたは違うだろ。……あんたにだって幸せになる権利があるはずだ」

 ぽん、と優しく肩が叩かれる。

 オキが穏やかな表情で少年の肩に手を当てていた。

 少女の右目から流れた血が包帯を赤黒く染めていた。左目からは透明な涙が頬を伝う。少女はこのとき初めて『瞳』も涙を流す、という事を知ったのだった。

 

 パチ、パチ、パチ……

 場違いな拍手の音が静かな夜の街に響いた。

 

「いや、素晴らしい」

 眼鏡をかけた男が笑いをかみ殺すようにしながら手を叩いていた。

 少年はその姿に見覚えがあった。

「――BH協会の……」

「えぇ、受付ですよ。こんばんは」

 言いながら銃を構える。

「グッサニンデにでも行ってくれれば良かったのですが、まぁもう仕方の無いことです。この時間にこの霧です。誰に気付かれることもないでしょう」

「どういうことだ?」

「こういうことですよ」

 ガウンッ!

 男が放った弾丸を、少年は少女を抱えて横に跳んでかわす。

「む……」

 ダンッ!

 オキが足を踏み鳴らすと同時に、男の目の前に土壁が生まれる。

「少々潔癖でしてね。これ以上この街に『鼓動』などにいられたら私の胃に穴が開いてしまうでしょう?」

 ダンッ! ダンッ!

 続けてオキが足を踏み鳴らす。男は一瞬で土壁に三方を囲まれる。

「大丈夫か?」

 少年が少女に声をかける。少女は特別変わった様子も無い。

 ドゴォンッ!

 男の目の前の土壁に大きな穴が空き、崩れる。

「……ふむ」

 男は左腕のFoRCEを確認しながらこちらに目を向ける。

「面白い攻撃だ。楽しませてくれるようだな」

「楽しめないと思うぜ?」

 言いながら少年は一瞬で男の横へ移動する。

 シュッ!

「速いな」

 少年の放った手刀は男に寸前のところで避けられる。

 男はそのまま少年の右肩に手を当てる。

 ドッ!

 鈍い衝撃と共に、少年は吹っ飛ばされる。

「直前で体を浮かせたか。いい反応だ」

「む……」

 ズズズ……

 オキが足を踏み鳴らすと、地面から振動が伝わってくる。

 ズドッ!

 地面の一部が槍のように尖って男を貫くべく伸びる。

「ふん……」

 男は余裕の表情で迫ってくる岩の槍を避ける。瞬間――

 ズドドドッ!

 男が避けた方向に更に銃数本の岩の槍が地面から伸びてくる。

「――っ!?」

 男は大きく跳びあがってそれをかわす。

「くらえっ!」

 少年が跳びあがった先を狙って大きな炎を巻き起こす。

 ゴウッ!

 ……ドサッ

 炎をまともに受けた男がそのまま地面へと――槍とは違う位置に――落ちる。

「……やったか?」

 少年は男の様子を見守る。

「ふむ。大したものだ。だが、一撃で殺せるほどの威力は無いようだな」

 男は焼け焦げたコートを払いながらゆっくりと立ち上がる。

(やっぱこの霧の中で炎の魔術は相性が悪いか)

 星の血脈(ソウルトレント)から炎の記憶を探すのにも苦労したので、予想できた結果ではあったのだが。星の血脈(ソウルトレント)は場所によって特定の記憶の量に違いがある。この街のように霧が濃いならば――

(――水か氷か)

「むっ!」

 オキが吹っ飛ばされる。

「っ!?」

 少年は急いで足に風を纏う。

「ぅおらっ!」

 そのまま男のそばまで近づき冷気を男にぶつける。

 ドシャッ!

 だが男にかわされて地面が凍りつく。

「ふむ。非常に面白い。我々には出来ない芸当だな」

 言いながら少年のすぐ後ろに来ていた男がそのまま左手のFoRCEで少年を吹っ飛ばす。

「ぁっ!」

「……む」

 吹っ飛ばされた少年をオキが受け止める。

「ところで君たちは……ハンドラーと戦うのは初めてか?」

 男が左手のFoRCEの弾(カートリッジ)を入れ替えながら少年たちに聞く。

「こんなのは……見たことがあるのかな?」

 言いながら男がEPを構える。

 男の構えたEPのカートリッジが静かに回転を始める。

 キュイーーーーン……

 高い音を立てて回る。

「さて……死ぬなよ?」

 言った直後――

 ドパッ!

 右肩から血が噴き出す。

「オキっ!?」

「見えたか?」

 男がEPから排莢させながら落ち着いた様子でこちらに話しかける。

「なっ……」

(銃口が光ったのは見えた。その一瞬後にはオキの肩に着弾したに違いない。つまり――)

「――超高速弾」

「ふむ、的外れでもない」

 言いながら男が銃口を少年に向け、カートリッジを回し始める。

「さて……避けられるかな?」

 男がゆっくりと引き金を引いた。

 

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