水音 - MIZU-OTO -

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瞳 : eye

■ return

 

「俺はセレストって言うんだ。あんたは? っつぅかあんたの魔術すげぇのな。あの傷口が一瞬で治っちゃうんだもん! どっかの誰かの回復魔術とはえらい違いだよ」

「む……」

 オキが不機嫌そうな顔をする。

「冗談だっつの。このすねてんのがオキね。でかいっしょ?」

「え、えぇ……」

「で、名前は?」

「あ、私は……アラゾメって言います」

「あらぞめ?」

「え、えぇ……」

「変わってるけどいい名前だね」

「そ……そうですか?」

「うん。ほかの人と間違えないし」

 少女は初めて耳にする感想に少し嬉しくなっていた。

「む……」

「いてっ」

 オキが急に歩みを止めたので少年――セレスト――がぶつかる。

「?」

 アラゾメも不思議そうにオキを見上げる。

「……む」

「なにか忘れてる気がするって?」

 セレストの言葉に大きく頷く。

「まぁ、忘れてるくらいだから大したことじゃないんじゃね?」

「む……」

「あ、あの……」

 アラゾメが小さな声でセレストに聞く。

「何言ってるかわかるんですか?」

「ん? あー、まぁ適当だけどね。なんとなくなんとなく」

「は、はぁ……」

 言ってオキを見上げる。オキはまだ何を忘れたのか考えているようだった。

「さすが『鼓動』……なんですねぇ」

 それに関しては、全くアラゾメの勘違いだったが、セレストはあえて訂正しなかった。

 

 少女――アラゾメ――は、セレストたちについていく事にした。セレストもオキも戦闘後のセレストの熱心な説得の結果だと思っているが、実際は少し違う。戦闘の始まる前からアラゾメは少年についていこうと決めていた。

「ど、どんな検査……されるんでしょう?」

 不安そうに尋ねるアラゾメに、セレストは懐から封印具を取り出して、見せる。

「触っちゃまずいと思うけど、たとえばこれが研究の成果なんだよね。『恐怖』を抑え込めるらしいよ。ただ、キャリア……あーっと、『恐怖』が宿ってる人のことね? ごと封印しちゃうから不良品なんだ」

「はぁ……」

 アラゾメは興味津々といった様子だが、セレストは封印具に触られたらまずいのでしまうことにした。

「それに、そこそこ弱ってたりしないとうまく動かないらしいしね」

「はぁ……そうなんですか」

「どっちにしろ、『切り離す』か『抑制・制御』するかのどっちかで成果が上がらないと、なんの解決にもならないよ。十何年か前に封印中の恐怖がキャリアを殺して逃げたって話もあったし」

「封印されてるのに?」

「だから不良品……っていうか、不完全品なんだよね。まぁ、今はだいぶ改良されてるらしいけど。その事故自体は、俺まだ生まれてなかったし、詳しくは知らないんだけどね」

 言いながらセレストはオキを見上げる。

「む……」

 オキは首を振って答える――わからないのか答える気が無いのかはわからない。

「『鼓動』はどんなところなの?」

「んー、まぁでっかい塀があってそん中に何個か建物があって、俺とかオキは『砦』って呼ばれてる建物に部屋があんだよ。部屋はちょー狭いんだけど個室なだけマシかな?」

「みんな自分の部屋が?」

「全員じゃないよ。四人部屋とかもあるし。俺たちはそこそこ仕事こなしてるから個室が回ってきてるんだ」

 

 

 オキはセレストが楽しそうに話しているのを見て嬉しかった。

 セレストは、最近は特にトゲトゲイライラしていることが多く、あまり楽しそうにしていることが少なかったからだ。

 少女に気付かれないように少女を観察する。

 巻きなおされた新しい包帯を除けば、普通の少女。少年より歳は4個上のはずだ。

 とてもではないが、『恐怖』のキャリアには見えなかった。少年の話を聞いてくれている少女からは優しい雰囲気が出ている。

 そしてオキは空を見上げて、考える。

 ――何を忘れたのだったか。

 

 

「ご苦労だった」

 『鼓動』の頭脳である『三番』の一人、フォクスが労いの言葉をかける。

「死ぬとこだった」

(『恐怖』のせいで、じゃないけどな)

 胸中の呟きが相手に届くことは無い。

「む……」

 オキに促されて、仕方なく続ける。

「ハンドラーとも戦うことになった。ただの受付だと思ったら今まで戦ってきたハンドラーなんかよりずっと強かった」

 一般には知られていないことだが、BH協会支局の受付には高い戦闘力が求められる。理由は単純で、弾(カートリッジ)である。

 弾(カートリッジ)もEP同様、協会以外生産能力を持たないので、ハンドラーは常に協会から弾(カートリッジ)を買わなければならない。そのため各支局にはある程度の数、弾(カートリッジ)があることになるが、それを狙った強盗などが当初は多発した。そこで協会から依頼を受けたAランクハンドラーが、十分な報酬の元に受付を行うことになっていた。

「あいつは……俺より速かった」

 スピードに自信を持つセレストにとって、屈辱的な事実だった。

 魔術も使わないただの人間にスピードで負けたのだから。

「お主より速かった?」

 今回の任務にセレストが選ばれたのは、そのスピードに期待してのことだった。

 『瞳』の攻撃は視界に入らなければ受けなくて済む。一瞬で視界外に移動できる人材の一人として、セレストが適任と判断された。

「……ふむ。おそらくハンドラーならば移動用のFoRCEを使っていたのだろう。以前にも何度か足に装着するFoRCEで爆発的な機動力を見せたハンドラーがいた筈だ。後で資料を渡そう」

「そうそう、それと――」

 『三番』の一人、ヴェル――唯一の女性――が続ける。

「今回は通常の報酬の他に、二冊本を用意しておきました。先の資料と一緒に後で受け取ってください」

「本?」

「きっと役に立ちます」

 セレストは軽くうなずき、踵を返す。二、三歩進んでから、ふと立ち止まる。

「あぁ、そうそう」

 一瞬、間を置いて『三番』に背中を向けたまま告げる。

「『瞳』は丁重に扱ってくれよ?」

「……気をつけよう」

 フォクスが返事をする。

「……む」

 オキは思わず吹き出しそうになるのを堪えていた。彼はセレストが少女を――無関心な振りをして――気遣ったのが嬉しくて仕方が無かった。

「オキには本は一冊だけです。自身と『鼓動』のために役立ててください」

「む……」

 深々と頭を下げ、オキはセレストを追って退室する。

 誰もいなくなった部屋でフォクスが口を開く。

「あの本はセレの怒りを買うのではないか?」

 始終黙っていた最高齢の『三番』、レイドが言い返す。

「なに、ちょっとした茶目っ気じゃよ」

「案外、重宝するのではないか?」

 ヴェルが面白がるような口調で続ける。

「……ふむ。もう一冊はまともに選んだのだろうな?」

「ちょうど今のセレに必要な魔術書だ。うまく捉えれば化けるだろう」

 任務の危険度や重要度に応じて、特別報酬としてまれにヴェルが本を用意することがあった。多くは、通常の魔術に関する講義では教えない範囲・レベルの内容を記述した魔術書で、『鼓動』のメンバー内でも評判が良く、他のメンバーが受け取った本を高額で買い集めるものもいた。

「……なんにしても」

「無事でよかったのぉ」

「そうだな」

 

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