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瞳 : eye
■ epilogue side −Arazome
少女は生まれたとき既に『瞳』のキャリアだった。
両親ともに『恐怖』とは何も関係のない普通の人物。
父親は生まれた子供を見てすぐに姿を消した。
母親は周囲からのいやがらせや非難に堪えながら、少女を7歳まで育てたが、心労も重なり他界した。
自分や母親へのいやがらせに無意識に『瞳』が反応し人を殺したとき、少女の母親は非常に怒り、悲しんだ。
死の間際、母親は少女に「生きなさい。生きて幸せになりなさい」と残したが、現在までの少女は幸せとは全く無縁の場所にいた。
少女は誓って、今まで意識して人を殺めたことなどなかった。
少女は「抑制する」以外に『瞳』を操ることは出来ないし、しようとしたこともなかった。
ただし『瞳』は自分に危害を及ぼそうとするものに対して、容赦をしない。
今まで一体何人の人間が自分のせいで死んだのだろうと思うと、少女はなぜ自分が生きているのかわからなかった。
ある日、ついに自害しようとした少女は絶望を知る。
『瞳』はそれを許さなかった。ナイフは一瞬で蒸発し、食事に混ぜた毒は少女の体調に少しの影響を与えることも無く解毒された。
少女を殺そうと現れる何人もの冒険者、ハンドラー、賞金稼ぎが少女の目の前で死んでいった。
そして今、目の前にいるのは少女が初めて会う存在だった。
――『鼓動』。
少女は期待していた。目の前の少年が自分を殺してくれることを。
自分に出来ることはそう多くない。
最大限、『瞳』を抑制していればいい。『瞳』がその気になれば少女の言うことなど全く聞かないのはわかっていたが、それでも少年の足しにはなるだろうと考えていた。
――それしか出来ることなどないのだから。
少女はやっとの思いで口にする。
「――殺してください」
目の前の少年の表情の変化を、少女が生涯忘れることは無かった。
少年は、憔悴しきった表情をしていたが、その少女の言葉を聞いた瞬間、涙を目に溜めた。
自分のためにそんな表情をしてくれる人がいることを少女は素直に嬉しく思ったが、同時に「彼は私を殺してはくれないだろう」と思った。
少女は、少年を殺したくなかったので『瞳』を抑制しようとしたが、『瞳』も同様に害意を感じなくなった少年に対して特別な攻撃をするつもりはなかったようだった。
「わかってねぇよっ!」
少年に怒鳴られたときも、少女は別段驚かなかった。
――わかってる。抑え込むことなんて出来ない。
だが、少年の次の言葉は少女の期待を大きく裏切るものだった。
「……あんたにだって幸せになる権利があるはずだ」
最近は思い出すこともなかった母親の言葉を思い出していた。
――生きなさい。生きて幸せになりなさい。
何の根拠も無いが、ふと思った。
――この子なら私を幸せにしてくれるのだろうか。
そう思ったとき、自分が涙を流していることに気付いた。
少女は驚いた。
――自分の呪われた右目からも涙が溢れていたから。
このとき、少年についていこうと決めた。
少年が眼鏡の男に殺されそうになったとき、少女は生まれて初めて『瞳』を自分の意思で使った。おおよそ少女の希望通りに男の動きは止まり、少年は助かった。
その後、少年や一緒にいた大きな男の人の傷も『瞳』を使って治した。
少女は『瞳』が人を治療できるなどと考えたことも無かったが、「なんとかしてあげたい。治してあげたい」と考えていたら『瞳』は少女の望みを叶えてくれた。
嬉しそうに自分に向かって話す少年を見ながら、少女は「この子もきっと大変なことがあったのだろう」と感じていた。
自分の力になりたいと言ってくれた少年にこんなことを思うのはおかしいのかも知れないが、少女は少年のことを守ってあげたいと思うようになっていた。