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左腕 : left arm
■ prologue
「……出ろ」
言い様の無い緊張感が場を占めている。開かれた扉の向こうには男が一人。その一人の男に向けられた銃口の数は六。誰一人として身じろぎもしない。切り裂かれるような静寂の中、軍服の男が再び――先ほどより少し大きく――言う。
「出ろ」
中にいる男は閉じていた双眸を薄く開く。その目は声の主の襟までを確認し、再び閉じられた。
「……私に何のようだ?」
軍服の男は少し、間をおいて答える。
「君の協力が必よ――」
「断る」
男はゆっくりと目を開き、軍服の男を見据える。
「……マイケル・ライザーだな、見覚えがある。中将になったのか」
「私の階級などどうでもいい」
マイケル・ライザーと呼ばれた軍服の男はゆっくりと息を吐き出しながら、中の男を睨み据える。
「トマス・ジャガー元陸軍大佐、協力すれば君を自由の身とする事を約束する。悪くない話だと思うがどうかね?」
「前にその扉が開いてから何年になる?」
トマスと呼ばれた男は質問には答えず、質問を返す。その虚ろな視線は、開かれた頑強な扉を静かに――感慨深げに――見つめている。ライザー中将が後ろに立っている男を一瞥すると、見られた気の弱そうな男――服装からして刑務官のようだ――が代わりに答えた。
「き、記録では18年前です。つまりトマス・ジャガー元陸軍大佐が収容されて以来、……一度も開いていません」
この刑務官が中の男の名前を知ったのは今だった。彼はトマスの担当だったので声を聞いたことはあったが、姿を見たのさえ初めてだった。彼は胸の中で今口にした名前を反芻する――トマス・ジャガー大佐――誰でも知っている十数年前の戦闘で殉職した英雄の名前だった。
再び辺りを支配していた沈黙を破ったのは、やはりライザー中将だった。
「君の気持ちはわからんでも無いが、事態は実に深刻で、君の協力は必要不可欠なのだ。無事、終えてくれれば君が望むような報酬も考えてある。ともかく、話を聞いてから考えても遅くはないのではないかね?」
「なるほど。中将……か」
トマスは押し殺すように笑って、
「なんでお前さんなんかを覚えてたのか思い出したよ」
「……どうしてかね?」
「話を聞いてしまえば私が断ることは無い、と判っているんだろう?」
ライザー中将は深い溜め息をついて、答えた。
「……それほどに我々は困窮しているのだ」