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左腕 : left arm
■ encounter
「くそったれがっ!」
グレイは撃ち終わった弾薬を捨て、素早く次の弾薬を装填し、撃つ。ゆっくりと彼に近づく奇妙な生物の動きは、六発全て撃ち込んだところでようやく止まる。
嫌な汗が彼の茶色の髪と額にまとわりついている。
「なんなんだよ……ったく」
まだ微かに動く死体は、彼が今までに殺したことのある古代生物とは明らかに様子が異なっていた。
通常、遺跡内などの特定地域で襲ってくる古代生物は、かつての寒さの名残か硬い外殻に覆われているのが共通の特徴である。
だが、目の前で息絶えたそれに外殻などはなく、表面は腐っているかのように融けている――腐臭はない。弾丸を一発撃つたびに気味の悪い液体が飛び散るが、それを意にも介さずこちらに向かってくるのだった。
(……弾が当たった手応えが無い。痛覚が無いのか?)
「くそ……引き返すかな、マジで」
溜め息混じりに右の太ももに着けている専用のホルダーから次の弾(カートリッジ)を取り出し、装填する。一個の弾には弾丸が六発入っている。
(弾はあと……一ケース(十二個)。もう少し行けるか)
彼がこの遺跡に入ってから既に十時間程経過し、五ケース持ってきた弾丸も五分の一になっていた。おかげで荷物も軽くなってはいるが、歓迎すべきことではない。
ピクリとも動かなくなった死体をまたぎ、慎重に奥へと――本当に奥に進めているのか彼にもわからなくなっているのだが――進む。左右の分かれ道にたどり着いた時、なんとなく――そう、なんとなく――気配を感じて立ち止まった。
遺跡の中は、暗い。
調査隊がところどころに灯りを置いているが、灯りと灯りの間には充分暗闇と言えるものがあった。
(気のせい……じゃないな)
彼は少し腰を落として、再び銃に手をかける。彼の持つ銃はEPと呼ばれる、銃の中では最も一般的なもの――銃自体は一般的ではないのだが――だった。付け加えるならば、「唯一、量産化に成功した銃」だ。銃――FoRCEと総称される――はバレット・ハンドラーズ協会の試験に合格したもののみが所持を許されるもので、合格と同時にナンバリングされたEPを与えられる。FoRCEは全て、精神とFoRCE自体とを同調させなければ動かないが、EPはそれが最も容易なものだ。
暗闇は動かない。
銃口をゆっくりと暗闇に固定する。
「誰だ?」
暗闇は動かない。
「十秒以内に名前と所属を答えろ! 十……、九……」
暗闇は動かない。
「八……、七……、六……」
彼には少し暗闇が動いたように見えた。
瞬間――
頭の後ろに硬いものがあたった。
「動くな」
低い、男の声。
グレイは、全身から汗が噴き出してくるのを感じた。心臓の音が爆音のように頭に響く。一瞬で喉がカラカラになる。銃を持つ右腕が……妙に重く感じる。
(いつの間に後ろに――いや、その前に……どうする?)
だが、それが全く意味の無い思考だということは彼自身も気づいていた。彼は今、死を眼前に感じていた。
「EP……。ハンドラーか」
男の声と頭にあたる硬いものが下げられたのは、ほぼ同時だった。
「悪いな。まだ生き残りがいるとは思わなかった」
グレイは、男の言葉を頭の端の方で捉えながらも、噴き出し続ける汗と異常な速さで刻まれる鼓動の音に感覚を囚われていた。
(……どうする? どうすればいい?)
固まっているグレイを見かねて、男が声をかける。
「すまないな。もう動いてくれていい」
(……やるしか……ない!)
グレイは銃を握る手に力を込める。グレイの意思は明確にEPへと伝わり、一瞬で撃鉄が起きる。
振り向きざまにトリガーを引こうして、相手の姿が無いことに気づく。
「やめておけ」
後ろから聞こえた声に、グレイはゆっくりとEPから手を放した。カタン、と床に落ちたEPが乾いた音を立てる。
(来なけりゃ良かった……)
グレイは大きな溜め息と共に両手をあげる。
「もう一度言うが、生き残りがいると思わなかったから様子を窺っていただけだ。害意は無い」
男はそこで一息ついて――
「どうして俺があそこにいると?」
男は既に銃をしまっていた。グレイもあげていた両手をおろし、落とした銃を拾って、しまう。
(どうしてだって? なんとなくだよ……なんとなく。ただそんな気がしただけだ)
「答えたくない……か」
男はグレイに背を向け、歩きだす。カッ、カッと大きな音が遺跡に響く――靴に金属でも仕込んでいるのかもしれない。
「……なんとなくだ」
ぼそり、と言ったグレイの声に男は立ち止まり、
「……なんとなく?」
「そう、……なんとなくだよ。なんとなく誰かいるんじゃないかと思ったんだ」
男はグレイの方に向き直る。グレイも――なんとなく、彼がこちらを向いたような気がして――男の方へ振り返った。
男はグレイが声から想像したよりも若そうに見えた。立ち姿に一切の隙が無い。短く刈り込んだ黒髪と軍服――現行の型とは違うようにも見えた――も、その気配を作り出すのに一役買っていたかもしれない。
「ルーキーだろう? 名前を聞いておこう」
「……グレイだ。ロバート・グレイ。」
「グレイか――この遺跡は既に第一級危険区域になった。避難した方がいい」
「その危険を解除するために俺たちに仕事がきたんだろ?」
グレイの言葉に男は大きくかぶりを振って、
「お前さんがこの遺跡に入ってどれぐらい経ったのか知らないが、ここが第一級危険区域に指定されたのは、今からちょうど十時間前だ。以後、私以外は誰も入ってきていない。……わかるな?」
「俺たちの依頼とは別に中で何か起こったのか……」
「そいつは正確じゃないな――」
男は、少しわざとらしく肩をすくめて――
「お前さんたちの依頼の対象が、当初の見込みよりずっと深刻だったのさ」
グレイは、一息置いて――
「……生き残りがいるとは思わなかったって?」
耳に引っ掛かっていたものをようやく口に出す。
「他のやつらはみんな殺られちまったのか?」
「…………」
男はバッグの中からEPを取り出し、グレイの足元に投げる。手の平にぎりぎり収まらないくらいの大きさの拳銃が床に散らばる。
「五、六……、七」
「お前さんに会うまでに七人の死体を見つけた。EPのナンバーからすると、ルーキーか、せいぜい二、三年目のやつが殆どだ」
呆然と床に投げられたEPを眺めるグレイに耐えかねたかのように、男は続ける。
「全員、弾を撃ち尽くしていた。ただの古代生物と違って、痛みを感じるように出来てないからな。恐怖に駆られて撃ちまくったんだろう」
黙ったまま、グレイは考えていた。
(当たり前だ……。あんな訳のわからないものに襲われれば――誰だって恐怖する)
男は大きな溜め息をつく。
「おい、しっかりするんだ。お前さんだけでもここから無事逃げ延びなきゃならん。そのEPを協会に届けるのはお前さんの仕事だ」
ふいに――
危険だ、と感じた。
迷わずに男の脚を払う。男は避けるかもしれない、と思ったが意外にも地面に尻をついた。
「何を――」
男が怒りの声をあげるのと、ほぼ同時。つい今まで男が立っていたあたりの壁が綺麗に抉り取られる。
男はすぐに戦闘体勢をつくり、辺りを窺う。
カツ……、カツ……、と歩く音が近づいてくる。暗闇からようやく姿が見えた時、男が呟く――
「人形……」