水音 - MIZU-OTO -

Novels

左腕 : left arm

■ doll

「人形?」

 聞き返したグレイに男は答える。

「FoRCEと同じ時代に造られた最悪の戦闘兵器だ。――木彫りの悪夢」

 木彫りの悪夢と呼ばれたその姿は、デッサンなどに使われる関節がある木製の人形を大きくしたもの、と言えば一番しっくりくるだろうか。大きさの割に全体の造りは粗い――顔さえ彫られていない。

 目の前の人形は、緩慢な動きでカタカタと音を立てながら右手を腹に当て、不恰好に頭を下げた――礼のつもりなのかもしれない。

「来るぞ! 左右の手に気をつけるんだ! 抉られるぞ!」

「じゃ、弱点とかは!?」

「無い! なんとか砕いてくれ!」

(マジかよ……!)

 少し人形が動いたような気がして、グレイは後ろに跳び退る。

 瞬間――

 グレイは目の前に人形の顔が迫っているのを見た。

(やばい、死ぬ!――)

 ゴス、と鈍い音が彼の耳に届くのと同時に、人形は吹っ飛ばされる。

「いい判断だ」

 男が青く輝く細身の剣を振り下ろしたままの格好で彼を現実へと戻す。青い光は淡くなり、消える。

「それがあんたの……?」

「あぁ。これが俺のFoRCE――アウグストだ」

 男が持つのは剣型のFoRCE。非常に珍しいもので、今まで両手で足りるほどしか発掘されていない。

 人形はカタカタと音を立てながら腰から立ち上がる――見えない糸に吊られているかのように。

 グレイはEPを構え、迷わずトリガーを引く。

 ガウン、ガウン、と遺跡内に響く音に合わせて人形が大きくのけぞる。

(駄目だ……。まともなダメージにはなってねぇっ!)

 グレイは新しい弾を装填しながら、必死に状況を呑み込もうとする。EPじゃへこみもしない。アウグストでさえ、軽くへこんだ程度。そもそも、どこまで破壊すれば動きが止まるのかもわからない……。

(……絶望的だ)

 カタ――

 音が聞こえた――人形のたてる乾いた音。

 グレイが気づいた時には、既に数メートル吹っ飛ばされて壁に叩きつけられていた。

「――ぬぉっ!!」

 男が叫びと共に青く輝く剣を振り下ろす。もろに喰らった人形が地面に沈むと同時に、男は腰のベルトから大型の銃を引き抜く。

 ドンッ、大きな振動と共に爆音が響く。人形の背中が大きくへこむ。

 男はすぐに次の弾を装填し――撃つ。

 だが、人形は奇怪な動きで体をずらし――しかし、左手の指がもげる。その反動で揚がった脚がそのまま男の顔を狙う。銃でなんとか直撃を防ぐが、吹っ飛ばされる。

 男を吹っ飛ばした人形は緩慢な動きでグレイに近づいてくる。前後左右に揺れながら近づいてくるそれは、まさに悪夢そのものだった。

 受身を取り、アウグストに弾を装填している男に叫ぶ。

「あんた、前に戦ったことあるんじゃないのかっ!? どうやって倒したんだよ、あんなもんっ!!」

「前に倒した方法はここでは使えん。どちらにしても、純粋な破壊力以外目立った弱点が無いのが、奴が悪夢たる由縁だ」

「弱点なのかよ……それは」

 嘆息混じりに呟く。

「それと……」

「それと!?」

「前は一人で戦ったから気づかなかったんだが、奴はもしかしたら二人の動きを同時には追えないのかも知れん」

「どういう――」

「伏せろっ!!」

 グレイは――自分でも信じられなかったが――声が聞こえた瞬間に伏せていた。

 ガシュ……、とリンゴでも潰れたかのような音ですぐ上の壁が抉りとられる。

「くそがっ!!」

 人形の胸――心臓の位置――に狙いを定めて、EPのトリガーを引く。伸びの無い、乾いた音が響く度に人形がのけぞり、あとずさるが、やはりダメージは期待できない。

 人形の蹴りを左腕でガードして――

「っ!?」

 そのまま壁に叩きつけられる。繰り出される右手を、上体を右に逸らしてなんとかかわす――すぐ左の壁が大きく抉られるのを知覚するのと人形の左手が迫っているのを知覚したのは、ほぼ同時だった。

(避けられねぇっ――)

 それでもなんとか右に倒れこもうとする。

「――っぁっ!!」

 人形の左手が左肩を打ち抜き、グレイは左肩から壁にめりこむ。

 彼が一瞬失った意識が回復した時に見たのは、消えかかった青い光だった――人形はアウグストの一撃によって吹っ飛ばされた。

「生きてるか?」

 グレイは、男の声で自分は生きていると認識し、声をしぼりだす。

「……なんとか」

 左肩を確認して、抉られていないことに気付くグレイ。

(抉り取れるのは右手だけなのか?)

「さっき左手の指がもげたせいだろう」

 グレイは、心を読まれたように思えて、はっとする。だがすぐに、自分がそう考えていることぐらいはわかることに気付く。落ち着いて、EPから空の弾を外す。

「……さっきのは?」

 ゆっくりと――奇怪な動きで――起き上がる人形を視界に捉えながら、グレイが途中だった先ほどの会話の先を促す。

「あぁ。……どうにも、こちらの攻撃が綺麗に当たり過ぎると思ってな。以前は、一撃当てるのさえ難しかったんだが」

「弱点らしい弱点だとは思うが……まともに効いてる攻撃があんたの銃だけな以上、事態は変わってないな」

 グレイは、ゆっくりと息を吐き出す。牽制のために――喋る時間が稼ぎたかった――EPで人形に向かって少し間を置きながら撃つ。

(本気で近づく気になりゃ一瞬だろうけどな……)

「つまり、俺があのくそったれの注意を惹きつけるから、あんたがその銃でなんとかあいつの右手を砕いてくれりゃいいわけだ」

「まぁ、現状ではそれが一番だろう」

 ――お前さんがあいつの注意をまともに惹いていられるなら、だが。男は、続けようと思った言葉を飲み込む。

「伏せろっ!」

 なんとなく感じるそれに迷うことなく、グレイは声をあげる。

 男もグレイの声に素早く反応し、地面に伏せる。

 二人の上を――大きく壁を抉りながら――通り越した人形は、十数メートル先の壁に突っ込み、ゆっくりと体勢を立て直す。幾度にもわたって必殺の一撃を避けられたその人形は、少し首をかしげているようにも見えた。

 人形に向かって走り出すグレイを眺めながら男は心の中で小さく呟く――死ぬなよ。

 グレイは、人形に向かってEPを撃つ。――なんとなく、そこに当てるのが一番吹っ飛ぶような気がして――胸を狙う。二発撃つと、ちょうど二歩あとずさる。人形が微かに頭を下げるのが見えたような気がして少し横に飛ぶ。

 瞬間――

 先ほどまでの位置を人形が猛スピードで突っ込んでいくのが視界の端に見えた。

 と、今度は人形が今度はこちらに向かって戻ってくる。

(なんだ……!?)

 背中から突っ込んでくる人形をなんとか避けようとするが、人形の脚がグレイの右腕に当たり、衝撃でEPを取り落とす。

 アウグストの一撃で吹っ飛んだのだが、グレイに当たったことを好機と見たのかもしれない。飛び起きた人形は三メートル程の距離から大きく跳び、そのままグレイの頭をめがけて脚を薙ぐ。

 グレイはEPを拾おうとしていた動作から――人形の動きに気付き――なんとか地面に伏せる――EPも拾えた。が、ふとすぐ真上に人形の体が蹴りを放ったままの体勢で自由落下を待っていることに気付く。

(死ぬっ!)

 ゴッ!

 今日何度目かも既にわからないその叫びは、青い光によって、なんとか一瞬の安堵にかわる。

「やはり右手をかばいながら動いているらしい。そう簡単には砕かせてくれんな」

 男の声にも少し焦燥が混じりはじめている――弾薬の残りが少ないのかもしれない。

 グレイは立ち上がり、まだ少し痺れている右腕を握ったり開いたりする。折れてはいないだろう、と思う。

「EPの威力についてあんたはどう思う?」

「ん?」

 ぽつり、と漏らしたグレイの言葉に男は――彼の想像よりは大きく――反応する。

「悪くないだろう。他のことにエネルギーを割いていない分、一発での純粋な貫通力は他の追随を許していない。勿論、私の銃のように一個の弾を一気に撃ち出すものに比べれば威力は劣るだろうが――」

「おかしくないか?」

 男の言葉の最後をかき消すようにグレイが言う。

「のけぞる、っていうのは殆ど貫通に威力がいかずに衝撃だけになってるってことだ」

「だからへこみもしないんだろう?」

 男はグレイが何を言いたいのか判りかねる様子で先を促す。

 グレイは人形の脚にEPを当てる。人形の脚は大きく後ろにあがり、人形は顔から地面に落ちる。

「普通に考えたら、あの木の体に貫通しないなんて筈はないんだ」

「だが、あれは普通のもんじゃないだろう?」

 男は、会話のかみあわないのを感じ――少しイライラしはじめていた。

「そこがおかしいんだ。いくらFoRCEと同じ時代に造られたからって、木は木だろ? 弾丸が当たれば砕ける」

 ようやく、男はグレイの言っていることの意味を理解する。

「要するに、何か衝撃吸収のための仕組みがあるんじゃないか、ってことだな?」

「と言うより、弾丸が当たってないんじゃないか、って」

「ん?」

 グレイは再び人形の脚にEPを当てる。先ほどと全く同じ結果。脚の吹っ飛び方を、目を細めて観察する。

「当たる前にあいつが吹っ飛んじゃってるって感じじゃないか?」

 グレイの言葉に男は、はっとする。

「つまり……破壊力を衝撃に変えて受ける仕組みがあるのか? だからさっき地面に沈んでいるあいつへの攻撃はあんなに効いたわけか」

「衝撃をうまく逃がせないから……」

「いい読みだと思う。ルーキーとは思えん洞察力だ」

 男は、目を細めながら二十年程前の戦いを思い出し、その考えが的を射ていると再確認する。

「なら話は簡単だ。私がアウグストで人形を壁に叩きつけるから、お前さんはこいつで右肩をぶち抜いてくれ」

 言いながら男は、腰に差していた大型の銃をグレイに渡す。

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