水音 - MIZU-OTO -

Novels

左腕 : left arm

■ shoot

「散弾銃だ。弾を一つ丸々消費しちまうが、近距離で撃てば威力は申し分ない」

「CSだろ? 一応、知ってる」

「動かせるか? 協会の指針では、仕様難度はDだそうだ」

「やったことないからな」

 言いながらグレイは、銃身が40cmほどあろうかという銃を受け取る。黒と茶色の落ち着いた配色のその銃は、弾(カートリッジ)を一つ丸々打ち出すために、銃身の太さもEPの比では無い。グレイは少し意識を沈めて、排莢させようとする。

 ガコ……、という音とともに弾が押し出される。まだ使用していない弾薬が落ちかけ、グレイは慌ててつかむ。弾薬が床にあたる寸前だった――別に落ちたから爆発するとか、そういうわけではないのだが――それが幸いした。

 ゴシュ、とリンゴでも潰したかのような音とともに、グレイの頭の上を人形が猛スピードで突き抜けていった。

「…………」

「実際、たいした運の良さだ」

 男は感嘆の声をあげた。殆ど予備動作も無く襲ってくる人形の攻撃を見切るのは容易なことでは無い。

「一発で千切れるとは限らん。うまくリロードして胴体から右腕が離れるまで撃ち続けてくれっ!」

 男はそこで表情を少し緩めて、

「期待している」

「あ……あぁ」

(期待されたってな……)

 決して口には出さない呟き。グレイ自身、そうしなければ助からないのだから、選択の余地のないのはわかっている。

(うまくやるしか……ない!)

「来るっ!」

 なんとなく感じるそれを疑うこと無くグレイは声をあげる。男はその声を聞き、アウグストを高めに構えて、起動させる。

 アウグストを青い光が覆った、その瞬間――

 ドゴッ! という音とともに男が壁に叩きつけられる。

「このっ!」

 手にしたCSを目の前の人形に向け、トリガーを引く。

 カタ……、引き金を引いた音が響くが何も起こらない。

(……動かせないっ!?)

 そう思った瞬間、グレイの体も人形の蹴りで吹っ飛ばされていた。視界の端に人形がこちらに向かって飛ぼうとしているのが見える。

(動けっ!)

 グレイは再びCSを人形に向けトリガーを引く。

 ドンッ! 発射音とともに、目の前まで迫っていた人形がもろに銃弾を受けて後ろに飛ぶ。素早く排莢させ、次の弾を装填する。

「……良くやった」

 男は飛んできた人形をアウグストの一撃で壁に叩きつける。

「千切れろっ!」

 叫びとともにグレイは――無意識にCSの弾の収束率を上げ――人形の右肩に向け発射する。

 ドッ! という音と同時に人形の右肩がおおきくひしゃげる。そこに男が更にアウグストで切り込む。

 ブツンッ! 嫌な音を残して人形の右腕が宙を舞う。

「一気に決めるぞ! 胴体を撃ち抜けっ!」

 男の声に反応し、グレイはリロードし人形の胴体に向けてCSを撃ち続ける。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 四発撃ったところで、人形の胸に大きく風穴が開いた。

 排莢し、呆然と人形を眺める。

 カラッ……

 人形の体が揺れたと思った直後、糸の切れた操り人形のように地面に力なく崩れ落ちた。

 汗が吹き出る。手に力が入らなくなり、鼓動の音が今更のように強く響く。

「……良くやった」

 男が大きく息を吐きながらグレイに声をかける。

「……殺った……のか?」

「あぁ。良くやった」

 茫然自失としているグレイに声をかけながら、男は人形の残骸を調べる。残骸となった人形は、男がかつて破壊した人形に比べてあまりにも手ごたえのないものだった。

 我に返ったグレイが床に置きっぱなしだった七個のEPを拾いながら声を出す。

「第一級危険区域になったって言ってたが、何が起きたんだ?」

「ん? ……あぁ、お前さんたちの前にも協会から依頼されたハンドラーが居たのは知ってるな?」

「あぁ。俺たちは後発のメンバーだった」

 今回の依頼は、調査隊の救助と遺跡の調査。二週間ほど前から調査に入っていた調査隊からの連絡が途絶えたため、10人のハンドラーを2組に分け、5時間ずらして遺跡に入った。

 グレイはFoRCEの発掘目的に三度ほどこの遺跡に足を踏み入れていたが、初めて依頼を受けての探索となった今回は、遺跡の中は様変わりしていた。

 通常、ハンドラーは特別な事情が無い限り、付き合いのないハンドラーと一緒に仕事をすることはない。今回も遺跡に入った後、分岐の度に一緒に歩くメンバーは減っていった。

「いや、そうじゃない。調査隊の護衛として一緒に入っていたハンドラーだ。そいつは情報伝達用のFoRCEを扱う軍属のハンドラーで、最後の通信にこう残した――『なぜこんなところに恐怖が』」

「『恐怖』だって……っ!?」

 『人形』『恐怖』『天使』と言えばこの大陸では有名な三大怪異だ。

「人形も恐怖も、その存在は軍でも極秘事項だ。……まぁ、色々あってな。で、その『恐怖』をなんとかするために呼ばれたのが……この俺だ」

 グッ、と親指で自分を指しながら男が唇の端を上げる。いかにも自信がありげだが、容易な戦いで無いのは先ほどの戦いからも明らかだ。

「あんた、何者だ?」

「ん?」

 グレイの率直な質問に男は笑いをかみこらえながら――

「しがない退役軍人さ」

「名前は?」

 そこで男は少し迷ったあと、静かに答えた。

「トマスだ。トマス・ジャガー」

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