水音 - MIZU-OTO -

Novels

左腕 : left arm

■ aim

「あと4個か……」

 ももに下げている弾(カートリッジ)の数を確認する。普通ならば引き返すことを考えなければならない。

「俺はまだ5ケースと2個残してる……お前さんは戻ってそのEPを届けるんだ」

「あんた一人でなんとかなるのか? おとぎ話じゃ『恐怖』は1欠片で街一つ吹っ飛ばす戦力だぜ?」

「まぁ、確かに人形に襲われたのは予定外ではあるが……。ま、なんとかするのが俺の仕事ってわけだ」

 トマスは自虐的な笑いを見せながら続ける。

「さ、お前さんは戻るんだ。迷っている暇も無い」

「戻らない。ついていく」

 グレイの答えに男は大きな溜め息をついて

「お前さんなんかじゃ足手まといだ、って言ってるんだ。なんとか生きてるが、さっきの戦闘でだって何回死にかけたかわかってるのかっ!?」

「俺は『恐怖』を仕留めるためにハンドラーになった。このチャンスは逃さない」

「なんだと?」

 グレイの言葉にトマスは眉を寄せる。

「俺の住んでいた街は『恐怖』に破壊された」

「その仇を討ちたいと?」

「その通りだ。たとえあんたでも邪魔はさせない」

「仇を討ちたいなら尚更だ。今のお前さんじゃ一瞬で殺されるのがオチだ。お前さんはまだまだこれから強くなれる。勝算の無い戦いはやめるんだ」

「『恐怖』に遭遇する機会はそう何度も無い。今を逃せば次はじじいになってるかも知れない」

 トマスは大きく溜め息をつく。

「言ってもわからんなら、実力で止めさせてもらう」

(お前さんはまだ死ぬには早い)

「こっちにしても同じだ。あんたを倒してでも『恐怖』をこの手で殺す」

 既にアウグストを構えているトマスに対し、グレイはEPをゆっくりと構える。

 なんとなくトマスが来るような気がして、しかしなんとなく感じるそれを疑うことなくグレイは大きく右に跳ぶ。

 ブンッ!

「――っ!?」

 後ろに回っての必殺の一撃を避けられたトマスは大きく動揺する。

 その隙を逃さず、グレイはEPを2発トマスに向けて撃ち込む。

 ガ、ガッ!

 だが、どちらの弾もトマスには当たらず遠くの壁に当たる音が響く。再び危ないような気がして伏せると、頭の上を青い光が通り過ぎる。

(なぜ避けられる……? 俺の動きが追えている筈はない)

 トマスは釈然としないものを感じながら腰を落として身構えているまだ若い青年の様子をうかがう。

「うあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 二人が次の行動に出ようとしたその瞬間、大きな悲鳴が遺跡内に響く。

 瞬間、グレイは悲鳴の方向へ走り出す。

「っ!? ……馬鹿がっ!」

 トマスも遅れて後を追う。

 2分ほど走ったところで、うつぶせに倒れこんでいる血まみれの死体を発見する。そして――

「人形……」

 その死体の側に静かに立っていたのは人形だった。

「何体いんだよっ!?」

 叫びとともにEPを四発撃つ。

 人形は全ての弾を簡単にかわし、グレイとの間合いを詰める。グレイは大きく後ろに跳び人形との距離を空けようとする。

 ゴシュッ! という音とともに大きな衝撃が左肩に走り、そのまま大きく吹っ飛ばされる。

「貴様っ!」

 追いついたトマスがアウグストで人形に襲い掛かるが、人形はゆらりとかわし、トマスに蹴りを入れる。

「――っ!!」

 大きく間合いをあけながらトマスは人形の様子を観察する。

(さっきのより動きがいい。簡単にはいかないな……)

 よく見ると、顔の向きが分かるように頭部の木に十字が彫られている。トマスは人形の行動を見極めながら、足に少し意識を集中させる。

 ゴッ! 一瞬で人形の上を取り、頭部にアウグストの一撃を加える。人形は地面にめりこんだが次の瞬間、空中にいるトマスに向けて蹴りを入れる。

 吹っ飛んだトマスより早い速度で間合いを詰めてきた人形が右腕をトマスに向けて振り下ろす。

(まずいっ!!)

 ゴシュッ! 大きな衝撃を伴う一撃が腹を直撃し、トマスは地面に叩きつけられる。

「――ぐっ!」

 人形が左腕を大きく上げ、トマスに向けて振り下ろそうとした瞬間――

 カタッ……

 グレイが吹っ飛んだ方向から聞こえた音に人形は過敏に反応し、そちらに向かって一気に間合いを詰める。

 ガゥン、ガゥン、ガゥン! 遠くで銃撃の音が響く。

(やれやれ……十数年で防具も進歩したもんだ。昔なら……死んでたな)

 男は、腹部に大きく穴の空いたプロテクタをさすりながら、ダメージの状態を探る。動けるな、と少しゆっくり目に起き上がり、人形の向かった方向を睨む。

(音がしたからたまたま向かっただけか……? どういう優先度で攻撃している?)

 人形の行動をよく考えながら、アウグストを拾い、人形の向かった先へ走る。

 ガゥン、ガゥン、ガゥン、カタン……

「うおぉぉぉおっ!」

 弾切れを起こしたグレイをかばうように、トマスは人形に向けてアウグストを振り下ろす。

 ひらり と簡単にかわし、人形はトマスに向かって蹴りを放つ。トマスはそれをかわし、人形の横に一瞬でまわり、ふたたびアウグストの一撃を見舞う。

 ガッ! 軽い音とともに、人形の腕が衝撃を受け後ろに流れる。

「砕けろっ!」

 更にトマスは人形の胸に向けてアウグストを突き立てる。

 ドッ! しかしアウグストの光は人形には届かず、人形は衝撃のみを受けて大きく後ろに飛ぶ。

「……ふぅーっ」

 アウグストをリロードしながら、トマスは息を整える。

「大丈夫か?」

「弾が切れた……」

「ほらっ」

 予想通りの返事をするグレイに向かって弾(カートリッジ)のケースを投げる。

「使え」

「いいのか?」

「迷ってる暇もない」

 トマスの視界の端にゆらゆらと近づいてくる人形が映る。

「――来るぞ」

 グレイは弾を装填しながら腰を低く構える。

 ドンッ! 大きな衝撃音がした瞬間、トマスは壁に叩きつけられる。そのまま人形はグレイに向けて右腕を振り下ろす。

 ガゥン! ガゥン!

 グレイの撃った弾の衝撃に人形は一瞬動きを止めるが、その直後――

「ぐあっ!?」

 グレイのすぐ左に一瞬にして移動した人形がグレイを右腕で突き飛ばす。激しい衝撃とともにグレイは行き止まりの壁に叩きつけられる。

「おぉぉ!」

 トマスが後ろから人形に斬りかかるが、簡単にかわされ横の壁に蹴りつけられる。

 カタ……

 人形は腰を付いているグレイの方へゆっくりと向き直り、大きく右腕を振りかぶる。

「避けろぉぉぉぉっ!」

 トマスの叫びが洞窟内に響き渡った。

ページ一覧 へ戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送