水音 - MIZU-OTO -

Novels

左腕 : left arm

■ emerge

「……なっ!?」

 トマスは驚きの声を漏らす。

 目の前には信じられない光景が広がっていた。

 ――残骸となった人形。

 そして――

「グレイ……」

『俺の住んでいた街は『恐怖』に破壊された』

 数分前のグレイの話を思い出す。そして――ようやく――理解する。

「お前さんがキャリアだったのか……」

 大きく変容を遂げたグレイの左腕を目を細めて見ながら、トマスは絞り出すように言う。

 グレイの左肩から先は、どす黒く太い筋繊維によって本来の10倍以上の太さに膨れ上がっており、表面には硬い外殻や爪のようなものが形成されつつある。筋繊維の間や表面を這うように走る血管が大きく脈打っている。

 変容のスピードに耐えられなかったのだろうか。ぼたぼたと黒い液体が腕からしたたり落ちて床に模様をつけていく。

「……う……ふぅ……」

 まだ安定しないのか、体に対して余りにも大きな左腕を床で支えながら体全体をビクビクと震えさせている。

「さて……何とかしてやるのが俺の仕事だな」

 大きく息を吐いたのち、自分に言い聞かせるようにトマスはつぶやく。

 『恐怖』は人に宿る怪異。五つある欠片のうち、目の前に見えているのは『左腕』。五つの欠片の中で最高の防御能力を持つ。軍では宿主のことをキャリアと呼び、常に探していた。

(ハリス……)

 十八年前の悪夢を思い出す。

(お前さんは――今度こそ――助けてやる)

 静かな決意とともにトマスはアウグストをしっかりと握り締めた。

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