水音 - MIZU-OTO -

Novels

左腕 : left arm

■ dread

 FoRCEはその同調率に応じて利用の可否が決まる。

 その中にも段階があり、排莢が最も簡単である。たとえばEPだと

  1)排莢できる 3%

  2)撃てる 5%

  3)2連射できる 10%

など、同調率が高まるに連れて、より本来の性能を引き出すことが出来るようになる。

 トマスの持つアウグストは通常1回の発動に2個の弾丸を消費するので、1個の弾(カートリッジ)で3回発動できる。

(まずは『左腕』の防御能力を確認する)

 トマスはアウグストを発動させグレイに――グレイの左腕に――斬りかかる。

 ガッ!

 手の甲の部分で防がれる――傷一つ付かない。

(やはりか)

 予想できた結果に――半分満足しながら――再び足に少し意識を向けアウグストを発動させる。

「おらっ!」

 一瞬でグレイの頭上に移動し、渾身の力を込めて斬り付けるがあっさりと防がれる。『左腕』に傷は付かない。

 カタン……

 まだ弾丸の2発残った弾(カートリッジ)を排莢し、新しい弾(カートリッジ)を装填する。

(そう何度も使えるわけじゃないが……)

 静かに集中力を高めアウグストに意志を伝える。

 カタ、……カタ、……カタカタ……

 装填されたカートリッジが回転を始める。

 カタカタカタ……キュイィィィーン……

 やがて、カートリッジの形が確認できないほど回転が速まる。

 「効いてくれよ……」

 つぶやきとともに、グレイを見据える。グレイの顔は黒い液体で溢れ、茫然自失としている。

「うおぉぉぉぉっ!!」

 叫びとともにアウグストを発動させる。黒と見間違えるような青い光――重い液体のようにも見える――が根元から徐々に刀身を覆い、細身の剣をかたどる。発動で手一杯だが、足になんとか意識を向ける。

 グレイの左側を一気に駆け抜けるとともにアウグストを薙ぐ。

 ピシャ……

 『左腕』から黒い血が溢れ出す。十数センチではあるが、左腕に切り傷が生まれた。

「いったか……」

 自分の最大の攻撃がなんとか通ったことに安堵を覚えると同時にリロードし、次の攻撃の準備を始める。

(今のうちにかたをつけなければ……)

 『恐怖』が安定していないから、まだ本能的な防御以外はほとんど動かずに痙攣しているだけで済んでいる。完全に発現してしまえば、傷をつける自信はなかった。

「ふぅーーーっ」

 呼吸を落ち着け、アウグストを発動させる。

 ぐら……

 実力以上の同調に目の前が揺らぎ意識を失いそうになるが、そんなことは言っていられない。

「待ってろよ……必ず助けてやる」

 ……

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 呼吸が大きく乱れているのを感じながら、トマスはグレイを――正確には、グレイの左腕を――見つめる。

 切れることが確認出来てから重点的に狙っている左肩――『恐怖』と本来の体の境界部分――はもう一息で切り落とせそうにもみえる。だが、最初に腕につけた傷は既に治ってしまっている。もたもたはしていられない。

 ビクンッ! グレイの体がひときわ大きく痙攣した。

(まずいっ――)

 急いでアウグストを発動させ――

(あ……)

 しかし、カートリッジを回す感覚が生まれない。同時に意識の薄れるのを感じる。精神力を酷使し過ぎているのは明らかだった。

(あと一息なのに……限界なのかっ!?)

 胸に十八年前の悪夢が再びよぎる。

(ハリス……)

 ゴシャッ! 大きな音とともにトマスの右側の壁が大きく――まるで、クリームでもすくったかのように――抉られる。

 同時に『左腕』の肩の傷口から漆黒の体液が噴き出る。

(動き始めた……このままでは――)

 再びアウグストを握り締める。

(これが最後でもいい。動いてくれっ!)

 悲痛な思いでアウグストに精神を通わせる。

 カタ……キュイィィィーン……

 静かにカートリッジが回転を始める。

(よしっ!)

 『左腕』が大きく振りかぶられ、こちらに向かって突き出される。

 寸前のところで大きく左に避け、アウグストを発動させる。足に意識を向け、グレイの左肩に向け一気に跳ぶ。

 ゴウッ!

 『左腕』がトマスの方に薙ぐように向かってくる。

(避けられない――っ!)

 トマスが覚悟した瞬間――

 ピタ……

 『左腕』の動きが一瞬止まる。

「た……頼……む……」

 微かに――だが、確かに――グレイの口が動いたように見えた。

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ドシュッ!

 ……

 ゴト……ビクッ……ビクッ……

 『左腕』がグレイの肩から斬りおとされ、床に転がるが、まだ痙攣を続けている。

(いまだっ!)

 対『恐怖』用に開発された小さな剣をかたどった封印具を、切り落とされた『左腕』の肩の傷口に突き立てる。

 ビクビクッ! と大きく痙攣した後、『左腕』は動かなくなる。『左腕』の表面を剣から浮き出てきた特殊な呪文の描かれた透明の膜が包んでいく。

「グレイッ……!」

 倒れこんだグレイの元に駆け寄る。左肩からの出血が激しい。急いで肩を縛り、止血薬を傷口に塗りこむ。

「グレイッ! ……グレイッ! 起きるんだっ!」

 呼びかけるがグレイは目を覚まさない。

「くそっ……」

 トマスは、グレイをかつぎ、人の腕くらいのサイズになった『恐怖』を拾って遺跡を出るべく走り出した。

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