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左腕 : left arm
■ farewell
(……? ……まぶしい)
目を開けるのがためらわれるが――しかしいつまでも開けないままでいるわけにもいかず――ゆっくりと目を開く。
「ここは……?」
徐々に覚めてくる頭とともに、周囲の様子をうかがう。
ベッド。真っ白なシーツ。白い壁、白い天井。
「……病院?」
起き上がろうとして、バランスが取れずにベッドに崩れる。そこでようやく自分の体の変化に気付く。
(左腕が……ない)
そこで彼は少し目を閉じて、思い出す。
「……そうか」
「起きたのか」
不意に聞こえてきた声に、そちらを確認する。
トマス・ジャガー。十八年前に戦死した筈の男だ。彼を題材にした本も何冊か出ていた。グレイ自身も一冊読んだ事がある。
「……あぁ」
なんと答えたら良いかわからず、グレイはただうなずく。
「お前さんには一体なんて言ってやったらいいのかよくわからんが……、ま、気を落とすな」
トマスのその言葉を最後に、しばらく病室を沈黙が包む。先に沈黙を破ったのはグレイの方だった。
「『恐怖』はどうなった?」
「うん……?」
トマスは少し迷ったのち――本当のことを伝えることにする。
「実はまだ俺が持っている。対『恐怖』用に開発された封印具があってな。それを使って封じ込めてあるが、どこまで信頼できるのかわからん」
「これから……どうなる?」
「軍に戻って渡さなきゃならんだろう。それが今回の俺の仕事でもある」
「義理は無いんじゃないか?」
目覚めたばかりとは思えないグレイの一言に、トマスは心の底から感心した。
「実際大した洞察力だ。そうだな、普通に考えればその通りなんだが、その見返りに昔の部下達の生活が約束されている」
「前に戦死したときも同じ様な条件を呑んだんじゃないのか?」
「まったくその通りだ。お前さんは大した男だ」
くっくっ、と笑いながら――自嘲的な笑いにも見えた――トマスは答えた。
「ま、今回は部下達がその後どうなったかも聞けることになっている。その返事次第では身の振り方を考えなきゃならんな」
そこで一呼吸置いて、
「さて、どうする? お前さんの大切な左腕を持っていこうとしている男が目の前にいる。勿論、一度軍に渡れば戻っては来ないだろう」
トマスの問いにグレイは
「別にいいさ。あんたに斬ってもらったおかげで気分も変わった」
「そうか」
トマスは部屋を出て行こうとして、振り返る。
「お前さんはこれからどうするんだ?」
「ん? まぁ、とりあえず――」
「とりあえず?」
「こいつを協会に渡しにいくさ。……俺の仕事なんだろ?」
そういって遺跡内で拾ったもう持ち主のいないEPを親指で差す。
「ハッハッ、そうだな。そうだった」
「……死ぬなよ?」
「善処しよう」
トマスは静かに病室を出て行った。
(……ありがとう)
グレイは閉まった扉を眺めながら、涙の溢れてくるのを感じていた。
――四時間後。
病室の前に全身をどす黒く変色させた男が立っていた。その虚ろな瞳は、ドアを――正確には、ドアの先を――見つめている。
男は――静かに――グレイの眠る部屋のドアを開けた。